radioya's web diary ラジオ屋さんの日記
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2006/06/01 (Thu)

悪循環

テレビを観ていると、無性に腹が立ってくることが多い。なんだか、バカにされているような気分になるのだ。
過剰なテロップ、CM前後の繰り返しシーンの多用はもちろん、最近はオープニングで「全部見せ」をやる番組がとにかく多くなった。番組がスタートしてからの数分間で、これからの数十分間の中で、最も《おいしい》ところを、とにかく全部、見せる、見せる、見せるのである。
当然、オープニングでは、最も《おいしい》ところだけを数秒ずつ抜き出して並べているだけなので、前後の流れなどは全く分からない。でも、盛り上がっている「場」だけを数分間、見せつけられるのだ。
その後、番組の本編がやっとのことで始まっても、結局その中にあるのは「さっき見たカット」に繋がるためのシーンが延々と続くだけである。番組の中で最も《おいしい》ところは、単なる「さっき見た、面白そうだったカット」でしかないのだ。当然、そんなカットが「面白い」カットになるはずもないし。

だから、番組のオープニング数分間がつまらなかったら、その番組は見るに値しない。
そして、その数分間が面白そうでも、その期待に応えてくれないことも少なくない。

っていうか、これって抜き出すカットのセレクトが間違ってるだけなのかもしれないけど…。

こんな簡単なことに、どうして今のテレビ制作者は気付いていないのだろうか?
とっくに気付いているのに、
「もしもこの手法をやめて、視聴率が下がったらどうしよう?」
という不安からやめられないのなら、それこそ重症だ。

よく「テレビをつまらなくしたのは、視聴者? それとも制作者?」という議論が交わされる。
きっと、その答えは「両方」だ。

ある広告マンの業務日記:「テレビ問題」を考えよう に、PHP 新書の「誰がテレビをつまらなくしたのか」についてのコメントがあった。僕はその本は読んでいないのだが、ブログの執筆者は、

> 「週1回はテレビを消そう」という世論が視聴者側から盛り上がっていくと
> 日本は健全な社会へ向かいだすのではないかと思った。

と、纏めている。
だけど、なかなかこれは難しいだろう。
なぜなら、多くの人々は、たとえつまらなくても「テレビを観る」という習慣から脱却できないのでは?と予想できるから。
でも、このままでは、強制的にテレビを観ないように(見せないように)しなくても、「テレビなんか観なくてもいい」と思う人が少しずつ、確実に増えてくる。
それはきっと、時間の問題だ。

だけど、まだまだテレビは、そのことに気付いていない人が多いようだ。
せいぜい「ネットいなご」(参考:木走日記 - 「ネットいなご」集団の生成過程と生成条件)を脅威に感じている人が増えつつある…というくらいだろうか?

ユーザーをなめていると、痛い目に遭うのは自分たちだ。
もちろん、それは、ラジオだって同じこと。

誰がテレビをつまらなくしたのか
誰がテレビをつまらなくしたのか立元 幸治


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