1999/11/03(WED)
午後から、母校である日本大学芸術学部の芸術祭(文化祭)へ。
この文化祭に来るのは実に数年ぶり。
10年ほど前、それこそ学生だった頃は、自ら立ち上げた音響専門サークル最大のイベントが、この芸術祭だった。
校門を入ってすぐのところにサテライトスタジオを設置して、構内のラジオスタジオから法外な出力のトランスミッターに接続し、3日間のミニFM局を開設していたものだ。
今年の芸術祭では、ラジオスタジオを使った催しは放送研究会のみ、ということでちょっとだけ覗いてみることにする。
テレビドラマ、映像と連動した朗読…。純粋な「ラジオ」は、もはやそこにはなかった。
研究室ではビールを片手に、懐かしい先輩や後輩、先生と久々の再会。
色々話を聞いてみると、ここ数年、「ラジオ制作実習」という音響作品の演出を学ぶ授業を受ける学生はほんの数人だとか。
数年前に卒業したという後輩に「僕等の時はラジオ制作実習のクラスが3つあった」という昔話をしたら、大きく驚かれた。
確かに、今や世の中では「放送」イコール「テレビ」という認識を持っている人が殆どだ。
このページに来て下さっている方々は、少なくともそうではないかもしれないけれど、先日、番組を担当した 螢 という14歳の女の子は、ラジオの聴き方を知らなかった。
学生時代にお世話になった先生と話しながら、ふと考えた。
今、ラジオ業界にいる人達は、殆ど認識していないのではないだろうか?
ラジオの聞き方を知らない中学生がいるという事実を。
ラジオ業界を志している人が本当に少ないという事実を。
このままでは、ラジオは本当に危ない。
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