午後から、"13 PICTURES OF JOHN LENNON" のスタンバイ〜収録。今回のゲストは、「IMAGINE」の弾き語りも披露してくれた鮎貝健さん。ちなみにオンエアは2月6日(日)の朝8時30分から。
…それにしても、さすがにこの時間からのオンエアとなると、実際に流れているのを聴くことが辛い(苦笑)。っていうか、まだ一度も聴いてないし(をぃ)。
3月発売予定の 深町純 さんのニューアルバムのジャケットデザイン、どうやら今週が締め切りらしい。っていうか、まだラフしか作っていないし(をぃ)。
深夜までかかって、"13 PICTURES OF JOHN LENNON" の編集〜完パケ。そして深町純 さんのニューアルバムのレーベル(CDの盤面のことね)をとりあえず完成させる。
を! 気がついたら今日ももう28時…。ってなわけで、家に帰る前にいくつか。
- 例の監禁事件、写真週刊誌には(目線入りの)写真が掲載され、相も変らずアングラな Web page では興味本位の犯人探しが繰り広げられている。
あちこちのアングラ系の掲示板にアップされては削除、なんていう『いたちごっこ』が行われているようだけど、やっぱり、個人的な考えを述べるなら犯人の名前は公開されてもいいような気がする。
今回の犯人だって、この事件を起こす前に未遂を起こしている訳だし、今後責任能力がなかったと判断されて(または罪を償っても)、再び社会に出てきたとき、同じような犯罪を起こす可能性は極めて高いということは、紛れもないもない事実。
- はっきり言って、普通の人間が“起こそうとは思わない”犯罪を起こすということは、大きく分類すると、『つかまるリスクを敢えて背負う』か、もしくは『判断能力がなくなっている(または解っていても欲望に対しての抑制が効かない)』というどちらかしかないんじゃないだろうか?
- この2種類の犯罪者に待遇の違いがあってもいいとは思うけれど、実際の犯罪者は精神鑑定にかけるまでもなく、どちらのタイプかは明白だ。
- どこぞの国だか地域では、女性への暴力などでつかまったことのある人間は一生その履歴を背負いつづけ、引っ越し先も公開されるという。
個人的な欲望がコントロールできずに、第三者の人権に損害を与えるという行為自体、異常なことに変わりはない。
- と、いうわけで、もちろん、今回の犯罪はどう考えても後者にあたると思うんだけど“善悪の判断が付かなくなった人間を完全に治療する”ということが出来ない限り、その人間は野放しにするべきではないと僕は思う。
国や社会は、まず未然に防ぐ事を第一に考え、次には同じ人間が同じような事件を起こさない様にする事を考えるべきだ。
- どんな場合においても(それこそ、たとえ加害者が未成年であっても)加害者の人権が被害者の人権より尊重されるということは許されないのではないだろうか?